東京高等裁判所 昭和26年(ネ)77号 判決
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金八万三千五百円及びこれに対する昭和二十四年五月二十二日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払わねばならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
事実及び証拠の関係は、控訴代理人において「本件建物改築許可申請に対する佐賀県知事の許可、不許可の処分は、行政処分として公法関係の支配するところであるけれども、右の改築許可申請をなすに当つて添付すべき、敷地所有者の改築許可申請者に対する承諾そのものは、私法上の行為であるから、民法の代理に関する規定の適用を受け、従つて表見代理の規定の除外さるべき理由はない」と述べ、被控訴代理人において「敷地所有者のなす承諾は、建物改築許可という行政処分に向けられた行為の一環をなすもので、公法関係を律する規定の支配を受け、民法表見代理の規定は適用されない。仮りに適用ありとしても、許可申請当時においては、地主たる久富邦夫の訴外久富万治に対する本件土地の管理権は既に解除により消滅していたから、本件において、表見代理の適用される余地がなく、また仮りに然らずとするも、佐賀県知事の改築許可が遅れたのは、被控訴人の責任とすべきものではない。控訴人が昭和二十四年五月二十四日改築許可証の下附を受けたことは認める」と述べた外は、原判決の「事実」に示す通りであるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
一、控訴人が昭和二十年九月頃被控訴人から、同人家の裏に存するその所有の木造杉皮葺の鶏舎を賃借し、これを作業場として鋳物製造業を営んできたこと、控訴人が昭和二十四年三月五日頃から右作業場建物の改築に着手し、同年同月二十二日頃佐賀県知事に対し同作業場の改築許可申請書を佐賀土木出張所に提出したことは、当事者間争がなく、右改築個所を含めて、作業場の敷地は訴外久富邦夫の所有で、同人からこれを被控訴人が賃借した上右建物を所有するものであることは、当事者弁論の全趣旨に徴し明認し得るところである。
二、右認定におけるがごとく、第三者(久富邦夫)所有の宅地を借受けて建物を所有する者(被控訴人)から、同建物を賃借する者(控訴人)が、賃借建物を改築するには、特別の事情ない限り、該改築が建物所有権に変更を生ずる点において、被控訴人の承諾を要すると共に、敷地使用権の変更を伴うときはその点において、土地所有者たる久富邦夫の承諾を得るか又は土地賃借人たる被控訴人において右の承諾をなし得る権限を有するときは、その承諾を得なければならない。控訴人の弁論の全趣旨によると、本件はこの承諾を要する場合であると認めるのが相当である。(尤もこの権限を有する土地賃借人即ち建物賃貸人のなす改築の承諾は、反証ない限り当然前示両個の承諾を内含するものと見るべきである)。この承諾を得ないでなす改築は、建物賃貸人ないし敷地所有者に対し、債務不履行または不法行為となるから、建物賃貸人は右違法行為を阻止し得るものと解せねばならない。
三、控訴人は本件建物の改築について、被控訴人の承諾を得たと主張するけれども、原審証人田中忠及び同控訴本人の各供述のうちこれに符合する部分は信用できず、却つて、原審証人大久保兵次の証言と、当事者弁論の全趣旨により成立を認むべき甲第二号証に、右田中忠の供述の一部及び原審被控訴本人の供述を合せ考えると、控訴人は被控訴人の承諾を得ないで改築したことが認められ、この認定は左右する証拠は存しない。
四、控訴人が本件作業場の改築について、その敷地所有者の承諾を得たが、即ち佐賀県知事宛の改築許可申請書(甲第一号証)中に存する、敷地所有者久富邦夫名義の記名押印が本人たる同人について効力を及ぼすものであるかについて判断する。
(1) 控訴人は久富邦夫名義の右記名押印は、本件作業場の敷地の管理人たる久富万治が代理権限に基ずいてなしたものであると主張するけれども、久富邦夫の記名印影を除いて成立に争のない甲第一号証の記載に原審竝びに当審証人久富邦夫、原審証人久富れき、同若菜注連吉の各証言及び原審被控訴本人の供述を合せ考えると、久富万治は久富邦夫の父の従兄弟に当り、邦夫が佐賀市から東京に移居したため、昭和七年頃以来本件作業場の敷地を含み、佐賀市附近所在の邦夫所有の不動産一切の管理を委託され、本件敷地についていえば、これを賃貸し賃料を取立てることの権限を有していたのであるが、昭和二十年春頃邦夫の母久富れきが佐賀市に帰還したため、同年八月頃右管理委託契約は解除され、久富れきにおいて邦夫のためこれを管理し、訴外若菜注連吉に依頼して、家賃、地代の取立をなさしめ、同年十月邦夫が復員帰郷してからは、万治の管理権は終局的に消滅し、従つて昭和二十四年三月二十二日の本件改築許可申請当時においては、邦夫の財産について、なにらの権限も有しなかつたことが認められ、この認定に反する原審証人久富万治、同田中忠の各証言及び原審控訴本人の供述は措信できないし、その外に右認定を覆えすに足る証拠はない。であるから甲第一号証の邦夫名義の記名押印は、万治が邦夫の有権代理人としてなした旨の控訴人の主張は採り難い。
(2) しかるに控訴人は、本件改築許可申請当時、万治が邦夫の管理人でなかつたとしても、万治の右申請書に対する邦夫名義の承諾の記名押印は、その権限外の行為か、又は代理権消滅後の行為であつて、控訴人においては、万治が邦夫を代理する権限ありと信ずべき正当の理由があるから、邦夫が承諾の上記名押印したのと同様な効果を生じ、改築許可申請について欠くる所がないと主張し、被控訴人は、敷地所有者のなす承諾は改築許可という行政処分に向けられた行為の一環をなすもので、公法関係を律する規定の支配を受け、民法の表見代理の規定は適用されないと争うから、考察するに、前示甲第一号(前記成立に争ある部分を除く)に、当事者弁論の全趣旨を考え合せると、本件改築許可申請は、当時施行されていた市街地建築物法竝びにその附属法令に基ずくものであるが、右建築法令を通覧するに、さきに二において説明したところ以外に、許可申請者がその敷地の実体法上の使用権を有することを許可の要件とする旨の規定存せず(同法令の目的とするところは都市生活における国民の生命、健康及び財産の安全をはかるため、市街地の建築物をその種類構造設備等によつて合理的に配置するとともに一定の規格を保持せしめるよう建物の建築、使用を制限するにある)、また許可権者たる地方長官(知事)は、申請者が敷地の所有権または使用権を有するか否かの実体に立ち入つて審査する、いわゆる実体的審査権限を有しないこと等のことが明らかで、実体上の権利の存否は、一に民法等の規定によつて定むべきであり、これらの諸点から推度すれば、甲第一号証の本件許可申請書の敷地所有者の氏名押印の部分は、改築申請者に対し、同人が同申請書記載の改築をなすことを承諾する旨の私法上の意思表示を表わすもので、これあるがため敷地所有者が直接知事との間に、公法上の法律関係の主体となり、またはこれに入り込むものとは解されない。従つて、公法上の法律関係に表見代理の適用あるか否かは暫く措いて、久富万治が改築許可申請書に、久富邦夫を代理し同人名義を記載し、押印することによつてなした承諾行為は、表見代理の要件を具うる限り、その規定の適用あるものと解すべく、これに反する被控訴人の見解は当裁判所の採らざるとこである。しかしながら、万治の右承諾が仮りに、表見代理の規定により、邦夫について効力を生ずるとしても、被控訴人が控訴人主張のような損害賠償の責任を負うかどうかは、更に考究されねばならない。
五、既に先の認定したように、控訴人は本件作業場の改築について、賃貸人である被控訴人の承諾を得なければならないのに、得ておらず、また万治は少くとも昭和二十年十月以来は、本件敷地について管理権は固より、なにらの権限をも有しなかつたのであるが、前示甲第二号証の記載、原審証人大久保兵次、同久富れきの各証言及び原審被控訴本人の供述の一部を合せ考えると、被控訴人は控訴人が建物賃貸人たる自己の承諾を得ないで改築を始めた不法なことに憤慨し、また改築について敷地所有者本人からの承諾を得ていないことを確かめ、改築許可申請書(甲第一号証)に押してある邦夫名下の印影は同人使用の印章と異ることをも確かめた上、昭和二十四年三月二十八日頃右の各事実を佐賀土木出張所の係官に申報して、控訴人の許可申請が許可とならないよう要請したことが認められ、この認定を動かす証拠はない。従つて右申報の内容は、控訴人主張のように事実に反するものではないから、邦夫本人に対し万治のなした承諾の効果が及ぶや否やの点はとも角、被控訴人の右申報及び要請の結果、佐賀県知事の改築不許可証が控訴人主張のように遅れて昭和二十四年五月二十四日下附され、そのために主張のような損害を被つたとしても、これについて被控訴人に故意は勿論過失の責むべきものありとなすを得ないから、被控訴人にその責任ありとする控訴人の本訴請求は、到底失当として排斥を免れない。
よつて原判決は結局相当で本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 桑原国朝 二階信一 秦亘)